加齢と成長の妥協点を図るにはどうしたらいいか?

発達心理学

50代以降の働き方


中小企業庁委託「中小企業の成長と投資行動に関する調査」にこんなデータがありました。

2 経営者年齢による成長への意識の違い、経営者交代が業績に与える影響

このデータの第2-6-40図によると、40歳以下で起業・成長段階の割合が最も高く、70歳以上で最も低くなっています。

上記データは起業(経営者)によるものですが、従業員に置き換えると加齢とともに成長段階のピークは過ぎていくものと考えられます。

人生の主役はこのように、40歳以下の人が新しいプロダクトを作ることで社会は成り立っているのがわかります。

この若い力が生み出した産物に対して、我々中年以降の世代はそれに対応していかなければなりません。

この動きに実は国の政策が追いついていません。

職業訓練にお金を使わない日本


OECD Database による公共職業訓練政策の国際比較によると、労働市場政策の総額と対GDP比で主要7カ国でアメリカに次いで低い数値となっています。(33P参照)

OECD Database による 公共職業訓練政策の国際比較

「中小企業の成長と投資行動に関する調査」で見たとおり、人生の主役は40歳以下の若い世代に対して、我々は国から十分な職業訓練を受けることができません。

それがヨーロッパ諸国と比べて、職業訓練にお金(雇用保険)を使っていないのです。

これでは進化の早い世の中で、高年齢で失業するとどうなるか考えただけで恐ろしい結果となっています。

これは逆説的に考えると、「失業したら自助努力で何とかしろ」というようにも聞こえます。

今の30代以下に知ってもらいたい40代中年の教育環境


筆者は現在40代半ばですが、1980年から1990年代における教育環境を知っておくのは、若い人にとっても勉強になると思うので記述していきます。

上記の時代はバブルの真っ只中で、後半就職する時期はバブルが崩壊した後の話になります。

ちなみに筆者の学生時代に住んでいた場所は、所得の低い層がいる場所でした。

小中学校は地元の公立学校で、高校は建前は公立の進学校、大学は理系の三流大学に行ってました。

所得が低い層の小学校というのは、体育の時間以外の授業は不真面目で勉強をする子供はほとんどいませんでした。

筆者も独自に勉強をし始めたのは、英語が必修科目になった中学校からです。

それまではファミコン(ファミリーコンピュータ)にハマっていたくらいです。

同級生は上記の体育の時間だけ真面目に受けるので、体育が嫌いな生徒にとっては苦痛以外の何者でもありませんでした。

心理学でいうところの、「手柄は自分のもの、失敗は他人のせい」を地で行っていたからです。

この他人のせいにされるのは、大抵おとなしい生徒と相場は決まっています。

これが中学校まで続いたのです。

そもそもこのような生徒が多い中で、明治時代の作家が書いた作品の勉強を教えてもついていけない人が大半です。

筆者もついていけませんでした。

そして教師ですが、体育教師は暴力団の親分みたいな人と相場が決まっており、生徒は体育教師の前では借りてきた猫のように従順になっていました。

教師の中には模擬テストの用紙を配って寝てしまう教師や、クラスがうるさいと授業を放棄して帰ってしまう信じられない教師がいました。

これでお金をもらっていると、今働いている自分からみたら「授業料還元しろ」と言いたくなる質の悪い教師が結構いました。

学校の授業で一番の問題は、授業が詰め込みでここで覚えたことが社会でどのように活用できるのか一切知らせないで、ただ問題を解くというスタイルをどの教師も貫いたことでした。

社会人になって、エドワード・ソープのブラックジャック攻略法を確率を使って荒稼ぎしたエピソードを読むと、「こういうものを学校の数学で教えるべきだろ!」と今になると思います。

このようなことが高校まで続きました。

また教師、教授という職業は「俺が絶対神で反論するやつはどんな理由があろうとも許さん」という人種が多かった記憶があります。

この考えが日本を根本的にダメにした要因だと筆者は考えています。

20世紀末前後の労働環境


上記の「年上の意見は神の意見で反論は認めん」は社会人になっても続きました。

筆者は下戸でコップ1杯のお酒程度しか飲めないのですが、その飲み会に強制参加。

無理やり飲まされて吐きそうになったこともありました。

どうも日本は1年早く入社した、1年早く生まれた、こんな事が年下にえばる要因となっています。

そして肩書にもうるさいです。

「〇〇さんと呼ぶのはおこがましい。〇〇課長と呼べ」

友達感覚でなあなあになるのも問題ですが、軍隊ではないのにとにかく縦社会にこだわりが強かったです。

そして拒否は村八分を意味していました。

電通のパワハラ自殺のニュースから、どこも変わらないなというのが筆者の大企業の印象です。

しかも年下の正論を認める器量が、このような人達には全くありません。

上記電通のパワハラを訴えた親が、このことに対して啓蒙活動を続けていますが、無視されるのが関の山でしょう。

また仕事はその会社の製品を主に扱うので、他で潰しが効かないのです。

20世紀末はまだ外資系企業の製品が徐々に浸透してきた時代で、メインは企業のミドルウェアを使っていた頃なのでこのようなソフトが駆逐されると、リストラされた時に転職できません。

特に環境構築系をやっていると目も当てられません。

このような仕事をやっていてはまずいと感じたのは20代後半でした。

このような環境で我々40代以降はどのように生きるべきか?


以上筆者の時代をまとめました。

そしてそれから20年の月日が流れて、世の中の流れは加速していきました。

例えば上記のように上場企業のミドルウェアの環境構築をしていた人は、他で潰しが効かない現状に対して転職に対する職業訓練のお金を使わないのです。

ここは自助努力で何とかしろというのが、政治が出した回答です。

結局筆者のように、この仕事の仕方はまずいと感じて早めに脱出しなかった人はリーマンショックで大量に非正規に転落していったのかもしれません。

クリエイティブ=仕事になってきている世の中で、思考停止の教育を受けてきた世代は考え方を変えることができず、かといってマークシート式の問題は圧倒的に得意だが、新規に何か価値を生み出せるかというと全然できない無能な人を日本は大量生産して、リストラしたら自己責任というのが現代の40代以降が抱える大きな問題となっています。

ゆえに最近のネットサービスで副業の情報を積極的に取っていかない人種は、これからどんどん転落していくでしょう。

人間本来やりたいことがあるはずで、親や年上にそれを暴力を使ってまで阻止された人は、それすらもできない残酷な世界にいるのです。

だから中年引きこもりが社会問題にもなっています。

こうなると、好奇心の強い人が親戚にいて盛り上げていかないと、変化に対応できない人がほとんどになるのではないかと考えます。

まとめ


40歳以下がイケイケドンドンで新しい世界を創造していくのに対して、学校教育から思考停止の洗礼を受けて、さらに年功序列の強烈な世界を見せられ、飼育されてきた40代以降の平凡な人はこの呪いから脱出して、40歳以下の人が作り出すプロダクトに必死でついていかないと、弱者切り捨ての日本においてはもはや仕事にすらありつけないことも十分に考えられます。

これに対して職業訓練にお金を使わない政府の現状を見ていると、生活保護の最低資金をやるからそれで何とかしろというのが政府の出した答えなのでしょう。

こうなると、個人の好奇心の強さが今後の生活の豊かさにつながっていくことになるでしょう。

ご参考になれば幸いです。

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