網羅性と自分の好みの間で網羅性を優先しないと注目されない

マーケティング

網羅性とは


網羅とは「そのことに関するすべてを残らず集めること」ということで定義されています。

つまり万人受けするにはこの網羅性が必要なことは、言うまでもありません。

なぜならば、人の趣味はそれぞれ異なり自分にとって必要のない情報でも、他人にとっては必要なものかもしれないからです。

自分の好みとは


例えば筆者はパソコンの作業時間短縮のため、親指シフトというかな入力の進化系を使っています。

これを使うには有名どころで「やまぶきR」というソフトを導入する必要がありますが、すべての機能を使うわけではありません。

ゆえに自分にとっては最適な設定なので、心情的には「それだけ書けば十分だろ」と思ってしまう人は結構いるはずです。

実は筆者もその一人です。

しかしここに読者に対する「愛」があるかどうかが、アクセス数に響いてくるのです。

網羅性と自分の好みでは網羅性が上


筆者が実践した結果は、Googleで軽く調べて(いわゆるググって)自分がこれで納得した使い方をして、それに慣れてしまった状態の解説を記事として書いています。

しかしこれが最適とは考えない人が、このブログの読者にはいるかもしれません。

ここでアクセス数を増やすには、この潜在ニーズを満たす情報が必要です。

それには網羅性が必要になってきます。

この網羅性を抑えるには、まんべんなくある事象について調べ尽くす「愛」と自分も網羅的に未知の部分を開拓したいという「好奇心」が必要になってきます。

この好奇心はかなり深いところに切り込まなければならず、親指シフトに関しては「やまぶきR」だけでなく、他のソフトウェアとの比較ややまぶきR自体の全機能、つまりブログがカタログ兼マニュアルになっていないといけません。

ここまでできて、初めてアクセス数を獲得することができるはずです。

なぜならこの分野については「これを見ておけば全部がわかる」ことが読者が認識するからです。

網羅した上で自分がその選択をした理由を述べる


軽くGoogleで調べた結果自分に最適だと思ったものと、まんべんなく調べて自分に最適だった結果では後者の方が信憑性があります。

なぜならば、前者は一部しか調べていないなかでのベストであって、後者は全部を見た上での結果なのでどっちが信頼できる情報かは言わずとも明確となっています。

これは面倒臭さとトレードオフの関係になっています。

まとめ


ブログである事象に対して物事を書くには、できるだけ網羅性を確保した上で自分がこの選択をした、もしくはしなかった理由をすると情報の信憑性が増すので多くの人に読まれやすいという結論になります。

これは自分を戒めて書いてもいます。

中々網羅性を担保するのは、一つのことについて徹底して調べる一種の才能もあると思います。

いわゆる〇〇オタクというレベルに達するということです。

世の中には誘惑がたくさんあるので、一意専心にこれを成し遂げるのが難しくなっているのも事実です。

これを振り切って一意専心にあることをやり尽くせるかどうかが、ブログのアクセス数を伸ばすコツになるのでしょう。

ご参考になれば幸いです。

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