選民思想って危険といいつつ、無意識に社会は求めてる

個人的趣味(読書)

GAFAを見ていると、選民思想を人は無意識に求めている


GAFA(Googleなどのアメリカの有名企業4社)を見ていると、会社とはいえ無意識に人特にエリート層は選民思想を求めているようにしか見えない気がします。

なぜならば経済学でも述べられていますが、住む土地によって貧富の差が出てくることが判明しているからです。

エリートはエリート同士で、ルサンチマンはルサンチマン同士で引き合う特性があるからです。

よく自己啓発系のYouTuberが、ルサンチマンを徹底的にdisっている(合理的にコテンパンにして話している)動画を必ず上げています。

あれを見ると、所得による格差の恐ろしさを垣間見た気がします。

これらのことから、人はエリートであればあるほど無意識に選民思想を求めています。

それが昔は命に関わること、今は精神に関わることに置き換わっているにすぎないと考えます。

会社がエリートを求めているのが何よりの証拠


日本においても、学歴フィルターで将来の所得にまで影響が出るのを見て、良い会社ほどエリートを求めているのが何よりの証拠になります。

いくらそこらの大卒より、努力ができると中卒の人が言ったところで、会社が欲しがるのは前者であって後者ではありません。

上記はサラリーマンとして働く場合の例ですが、かなりあからさまです。

このように会社という組織は、誰もルサンチマンなど欲しません。

戦前このような優性遺伝が、もてはやされたことがありました。

今は多様性という建前で、会社がやっていることはサラブレッドにサンデーサイレンスのようなマイナー種牡馬も取り入れましょうという、考え方に少し変わっただけです。

多様性とは言っても、ルサンチマンには何の権利も与えたくないのが正直な気持ちです。

しかしこのような選民思想は、ナチスを生み出したと「禍いの科学」は述べています。

このままでいいのかどうか、考えさせられます。

エリートはルサンチマンに権利を与えたくない


ルサンチマンはエリートに噛み付くところを、よくTwitterなどで見かけます。

これが癪に障るのは当然ですが、エリートの叩き方が結構辛辣で「雑魚」と称して来ては投げ捨てている姿が散見されます。

これをルサンチマンの側から見ていると、「そんなにのめり込めないし、自尊心を低下させる人間しか日本にはいない」と思っているでしょう。

過去の自分がそうだったので。

エリートの本音をツイートで見ていると、「雑魚は自分の土俵に上がってから話をしろ、それができなければ発言するな」という意識の人がほとんどです。

この意識の差が出れば出るほど、経済を破壊して雑魚に寄り添った表現者が際立ってきます。

エリートの考え方が、ルサンチマンを苛立たせる


上記のようにエリートとルサンチマンはよく喧嘩をします。

それが不毛なものでしかないのですが、ルサンチマンは噛みつきます。

どうもルサンチマンに代表される低所得者は、「わが闘争」の本で書いてあるとおり頑固で人の意見を聞かない人が多いようです。

これは日本に限りません。

この意見の食い違いが、怒りとなっていきます。

間違った方法で、それが正論だという信念を持っている人に説得をしても無駄にもかかわらず、エリートの批判はとどまることをしらないから激怒するのです。

よく考えれば理不尽ですが、それが群衆というものです。

このルサンチマンの心理だけを追求した人が、これらの人の心を鼓舞して民主主義を破壊するのです。

選挙は数による暴力を望んでいるのですから。

今は精神が死んで、命が取られないだけに変わっただけか?


最近ジニ係数の発表がされていませんが、日本はこのコロナ下においてかなりこの係数が上昇したといえるのではないでしょうか。

エリートのルサンチマンに対する経験もあり、低所得者層の中にはこのエリートが作り出す社会で取り残されて、八方塞がりになって精神が死んでいる人がたくさんいます。

戦前はこれが戦争で命を落とすことになったわけですが、今は引きこもりやうつ病といったメンタルにとどめを刺す社会に変わっただけかもしれません。

この問題はそれほど根が深いといえます。

エリートのいう、「全員が幸福になる」ような社会は実現できるのか?


よくエリートは「自分の好きなことを見つければ、それぞれが不幸になることはない」という持論を展開しますが、DVの家庭や、ハラスメント家庭に生まれ育った場合、その子供が逆境を跳ね返して大成する可能性はエリート層の子供と比べて確実に低いことはエリート層が好きな統計でわかっていることではないのでしょうか?

格差が広がると確実に貧困の方が数が増えるので、このDVの家庭やハラスメント家庭の数は確実に増えていきます。

相対的貧困は、さらに孤立を助長する社会なので簡単に全員が幸福になる社会は訪れないと筆者は考えます。

むしろ絶対的貧困の方が人間らしさが出るだけまし、と色々調べたところあるようにも見えます。

長い未来にエリートの言う世界は来るのか、今の日本を見ているとそんな感じは微塵も思いません。

まとめ


結局昔も今も選民思想は変わらないという結論です。

住むところによって、人間は分断され会社はなんだかんだ言ってエリートを欲しがります。

エリートはルサンチマンを論理的に避難します。

これがルサンチマンの怒りを買い、大衆迎合をする指導者がエリート層を叩きのめすという構図が今もできあがりつつあります。

昔は命を取られ、今は精神を削られるという社会に変わっただけのように感じます。

そんな中で個人でできることは限られているので、自分の選択に後悔がないように生活をしていくのが一番良い方法であると筆者は考えます。

ご参考になれば幸いです。

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