窮地に陥った業界の寄付についての考え方

投資心理

飲食店を救うクラウドファンディング


今飲食店はコロナウイルスの影響でお客が入ってこない状況です。

この状況を斟酌してか休業停止を含め、カフェやレストランなどの飲食店に対して寄付を募る動きがUberEatsやCAFEPASSから来ています。

UberEatsは宅配の会社で配送を外注している会社で、CAFEPASSは定額のお金を払えば、月額900円で3杯までは加盟店のドリンクが無料になるサブスクリプションのサービスをやっている会社です。

CAFEPASSについては下記の記事を参照ください。

CAFEPASSの使いかた

寄付やクラウドファンディングをやること自体はすばらしいことです。

しかし筆者の考えは半分賛成で半分反対です。

不特定多数の飲食店を救うのに反対する理由


それは国から自粛を要請されても営業している店とあっさり休業した店では、経営判断という視点で見た場合、前者のほうが経営的に正しい判断をしているからです。

寄付もお金を拠出するわけなので、客が少なくなっても3密(密集、密着、密閉)を避けるような工夫や持ち帰りなどの延命をするためにやれることをやった店ならば、寄付する価値はありますが、店を閉じてしまったら売上が0で固定費を払い続ける状態が続くわけで、実質店を止めると宣言しているようなものです。

後者の取り組みをしたところに、少しばかりお金を拠出したいと思うのでしょうか?

筆者は本当に苦しい時に、もがきながらも生きるために営業を続けいているところしか寄付をしたくありません。

ところがUberEatsやCAFEPASSは、不特定のカフェやレストランに対して寄付をお願いしているのです。

対する相手が世論や国であっても、「仕方ないよね」で済ます店に投資したくない理由は、自分自身がこの世論や国の論調に殺されかけたからです。

国や世論が必ずしも正しくない


筆者はかつて異業種に転職しようとしたとき、人事の「転職者は裏切り者」という論調で接してきた会社に会いました。

またスカウトで向こうからコンタクトして入社したにも関わらず、不景気になったとたんに涼しい顔をして人の面前で「おまえもう要らんから」とタバコを吸いながら解雇した失礼な経営者にも会いました。

このように世論=ジャイアンの世界の人間に徹底的にボコボコにされた経験から、世論に従がわない人を自死寸前に追いやったムラ社会に屈する人は応援したくないと言うのが心情としてあります。

ただでさえ日本人は自己中心的なのに、パニックはそれに拍車をかけています。

それに迎合する集団の意見は間違ってばかりいるのは、WEB上の有名人の賛同する方が結構多いことからも明らかです。

だから間違った論理を数を使って締め出して、簡単に屈する飲食店は支援したくないわけです。

座して死を待つ飲食店ばかりではない


事実、CAFEPASSの中でもこの状況下で「負けてたまるか」という気概で営業している店に訪れたこともあります。

応援するならこういったところなら、自粛が解かれたときにおいても復活するのは、休業をしているところよりもこちらのほうが早いのは想像に難くありません。

結論としては不特定多数の飲食店を救うのではなく、今も営業を続けている立派な飲食店など、店を選べる寄付なら歓迎しますよという話でした。

今の所メールの文章を読みましたが、そのようなことになっていないのは残念でした。

今後に期待します。

何せお金を拠出するのですから、例え寄付であってもリターンの高い寄付をしたいと望むのは自然ではないでしょうか。

ご参考になれば幸いです。

コメント

タイトルとURLをコピーしました