人に精神、肉体的に暴力を振るう人の末路

発達心理学

人に精神、肉体的に暴力を振るう人の末路


人に精神、肉体的に暴力を振るう人の末路というのを介護施設で見ました。

結論からいうと、以下の3点が挙げられます。

・他人だが面会に来た自分が嫌な気持ちになった
・多分他の被介護者も同様の気持ちになっているはず
・介護者もストレス溜めて介護していると思われる

このように晩年を過ごして、色々な人を不快にさせてはいけないと考えるようになりました。

家族はどう思っているのか?


晩年を介護施設で暮らしている人を見ると、素の状態の自分がさらけ出されるような気がしてなりません。

その被介護者は喧嘩っ早いような性格で、偉そうにしていました。

これをやられたほうはどう思うかという配慮が足りていない気がしています。

このような一連の言動を家族はどう見ているのでしょうか?

筆者が父の面会に行ったとき、その被介護者の家族はいませんでした。

この現状を見せられたときに、家族は不快にならないのでしょうか?

見ているとかわいそうになってきます。

昔の筆者がやられたこと


プロフィールに書いたとおり、筆者は中学生までは耳のことで差別的な扱いを受けてきました。

筆者プロフィール

逆にやり返すと、倍返しされたものです。

このことが我慢強さを生んだともいえます。

しかし人に嫌なことをする人は、どうも相手の気持ちを考えない傾向があるのではないでしょうか?

社会人になって年功序列の古い体質の会社に入ったとき、後輩の指導方法についてその先輩社員はこう言いました。

「新人はあまやかすとつけあがるから、厳しく指導しろ」

このような教育をした結果が、ハラスメントの法律施行に表れているのではないでしょうか?

ある人が動画で以下のようなことを言っていました。

「ダメな社員を面接して採用したのは、あなたたちなんです。そのダメな社員にも家族がいます。

あなたたちには単なる部下かもしれないが、ダメな社員にも大切な人はいるんです」

この言葉は非常に重いものです。

厳しく指導した結果、自殺したらどうするのか?

罵声や怒号は人を委縮させます。

だから筆者はあまり人に厳しくできないのです。

スパルタ指導の成れの果て


最初に戻りますが、スパルタは躾と称する人が歳を取って介護施設に行ったときに例えば「飯早く出せよ!」と一喝するのを他の人が見たらどう思いますか?

その現場を筆者は見てしまったのです。

それが関係者だけでなく、周りの人も嫌な気持ちにさせてしまう。

最後は恥ずかしくなって、家族にも見捨てられるかもしれません。

もしたしたら、介護施設で働く人がこのような人と、おとなしい人で同じサービスはありえないと思うかもしれません。

それが運動になって、法律が改正されないとも限りません。

そう考えるとスパルタは躾とする人は、最後はかわいそうな人になってしまうのだなと思いました。

自分もこうならないように、戒めで記事にしました。

ご参考になれば幸いです。

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