歴史から見るイベントと無味乾燥な統計学の日々の取り込み

社会心理学

普段の生活は統計学に基づいた方が希少性が高まる


歴史やお祭りの行事を見ると、群衆の動きはランダムであり感情に任せて起こったイベントしかありません。

これに対して統計は起こりうるイベントを、確率で分析してリスクの低い意思決定を行います。

この統計を使った商売が保険で、日本の生命保険はかなり利ざやを稼いでいると言われています。

上記の保険で分かるとおり普段の生活は、統計に基づく行為をしたほうが良いことが多いです。

しかし今回のコロナ騒動や歴史を見ると、統率者、法人にいたるまで群衆の感情に支配されます。

このギャップを狙うことで、エリートは大きな利益を得ているといえます。

歴史的イベントやお祭りはランダムな民衆の動きの一部


歴史の勉強をしていると、一部の人の動きに民衆が呼応して大きな事件になることが多いです。

その名残がお祭りやイベントとして、何百年も続いているわけです。

日本のやぶさめのイベントなどは、何百年も人の歴史に刷り込まれているから無意識のうちに継続できています。

しかしよく考えると、これはすごいことです。

人間は良い習慣をとり入れるのに、皆苦労しているにもかかわらず、歴史的イベントや祭りは何百年も続けることができるのはある意味不思議です。

法人であっても統計は理解できない


これは例え法人であっても統計は理解できません。

コロナ騒ぎで冷静にこの状況を分析している人がいますが、法人はそうは思っていないようです。

正論を出している人のツイートを見ていますが、法人であっても世論の声の大きさには刃向かえないようです。

それゆえにテレワークに移行する企業が増えているわけで、「いやだったらインフルエンザもこのくらいの患者出しているから、そのときになんでテレワークに移行しないのだ?」ということからも、企業自体も統計は理解できないようです。

法人も人の集まりなので、統計は理解することが難しいのかもしれません。

筆者が高校生のときに文系か理系を選ぶ学年が来たときに、筆者を含めた理系に行った同級生は10クラス中2クラスでした。

つまり8割の同級生が文系に行ったことになります。

さらに理系に行っても、三流大学でしたが在学していたときに勉強している人はそれほど多くありませんでした。

この日本の現象を見ると、群衆が統計を理解できないのがよくわかります。

逆に考えると、統計を知っておくことで多くの人を出し抜くことも可能と考えます。

なぜならば上記のとおり、多くの人は統計を理解できないからです。

娯楽として歴史的イベントやお祭りを堪能し、日常は統計に基づいて動く


エドワード・ソープの「天才数学者、ラスベガスとウォール街を制す」の本を読むと、ブラックジャックというカードゲームの期待値が1より上ということを発見して、ラスベガスで大儲けをしたという話があります。

期待値は1を上回ると、長期的には賭けたお金以上の利益を得ることができる基準値です。

さらに彼は相場でも、市場の期待値を超える事象を見つけ大儲けをしています。

しかしこのような客観的に物事を見る人ばかりの世の中だと、歴史的イベントやお祭りなどは存在しなかったに違いありません。

そこが人間の不思議なところです。

以上のことから、統計は多くの人が理解できないため冷静に状況を分析してパニックになったところで、利益を冷静に拾いに行きます。

利益は祭りやイベントを堪能するために使います。

まとめ

ほとんどの人間は統計を理解できないため、パニックになった時に冷静に判断できません。

しかし統計が理解できないがために、イベントやお祭りが歴史を作ってきたのも事実としてあります。

我々は統計を理解した上で、冷静に人間の群集心理を理解してそこに転がっている利益を美味しくいただくのがベストだと考えます。

結局大勢の人に上記統計を訴えたところで、人間の心理はそう簡単に変えることはできません。

コロナ下における一連のニュースで人々のインタビューを見れば、一目瞭然です。

これを踏まえた上で啓蒙活動に励んでいる人もいますが、それがうまくいけば嬉しいことです。

しかし筆者はそこまでのメンタルのタフさはないため、群衆心理をよく理解した上で利益を取って少しずつ生活の質を上げていくことに邁進したいと思います。

その上で、歴史あるイベントやお祭りを楽しめば良いという考えです。

ご参考になれば幸いです。

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