大企業のリーダーと日本の政治家

群衆としての日本人

自尊心を損ねるような人がリーダー


大企業のリーダーと日本の政治家の共通点が見えてきました。

それは雑魚は、世の中に必要ないからリセッションが起きたときは真っ先に波にのまれて死んでくれというのが本音でしょう。

そうして新陳代謝を図り、そこから突き出た人物を重用するようになるのです。

これは歴史でも明らかなとおり、明治時代や太平洋戦争後の政策にあらわれています。

大企業も同様で、雑魚への対処の方法が結構えげつないです。

更にリーダーと呼ばれる人は自己中心的で、この地位を保全するためには大勢の人を不幸にしてでも生き残ろうとします。

では筆者の事例を基に解説していきます。

大企業のリーダーの振る舞い


筆者が最初の会社に入社した会社は、当ブログでも何度も触れたように肩書に異常にこだわる上司が多いです。

いや肩書より実績だろ?という意見はどうなのかということを検証していきます。

とある金融SEをやっていたときのこと、障害が発生したときやスケジュールに問題があっても、責任は下の任せたのでやった人の責任だとなすりつけてきたのです。

これではリーダーとしての役割は果たせていないのは、筆者だけでしょうか?

さらに色々な部署の人を招集して、責任を分散させようと躍起になっていました。

リーダーなのに責任を分散するのです。

このとき大企業で勉強したのは、この人は陣頭で指揮を取って平時は問題ないが、非常時に責任というはしごを外して真っ先に自分の保身のために逃げるんだということです。

これは学歴に関係ありません。

また昔学生あがりでHTMLの勉強がてら、Webページを作りましたが、作ったことがない上司にケチつけられました。

クリエイティブな職業で、自分自身がクリエイティブなことをしないエンジニアが、年功序列で作った人のサイトを駄目だしする、こういったこともありIT業界は足を洗いました。

よくエンジニアYouTuberが楽しいという話を聞きますが、筆者は技術の勉強は好きだったのは事実です。

しかし大企業の会社組織が、今流行りのアジャイルスタイルの自分の性格と合わなかったのと、始めにその組織に当たったというのが、判断ミスを長期化させました。

このとき思ったのが、「年長者は尊敬に値する人が少ない」というものでした。

多分大企業のキリの人しか当たらなかったのが、運の悪さだったのです。

政治家の振る舞い


政治家という職業も任期が決まっているため、株式会社のサラリーマン社長と同様で長期的に考えられる人がほとんどいないというのが正直なところでしょう。

ではなぜ、日本と西欧でこれほど差が出てしまうのかが、まだ判明されていません。

今とある本を読んでいますが、横の繋がりが希薄で危機のときこれが致命的になって、多くの人が損を被るというのが事実のようです。

省庁自体が横の繋がりがないため、招集する人材も特定の分野だけに強い人間にスポットを当てている故に専門バカがしゃしゃり出てくる、というのが真実のようです。

この横のつながりが弱いのは、スパルタ思想と金権欲にまみれた日本人独自のものがありそうですが、まだ解明できていません。

政治組織は好奇心が旺盛で、視野が広くかつ人気がないと務まらないのですが、日本の場合人気だけで受かってしまう傾向が強いのが気になるところです。

このあたりはマスコミの影響力と、個人の知的能力の相関もありそうです。

結論


日本において肩書が権威の象徴となっていることは、少なくとも筆者の世代より上ではそういった認識の人がまだまだたくさんいますし、老化とともに柔軟に上記を否定することができなくなっているというのが事実なのでしょう。

これらの世代が数の暴力で、思想を下の世代に強制させるということはまだまだ起こっており、低所得者層ほどこの傾向は顕著にあらわれているようです。

西原理恵子氏が以下の本で、貧困時代のことを述べていますが筆者の教育環境も似たようなものなので、上記のような貧しくなると考える力が失われるという一言は的を得ています。

そう考えると、リーダーというものや人格者という人たちというのは、上記のような環境に置かれても自分から積極的に自由を取りに行くという考えに基づき、そのとおりに行動しないと日本はハズレた残念なリーダーに当たってしまうことになるのではないでしょうか?

まとめ


エセリーダーと優秀なリーダー像を整理しましたが、日本は自分が想像している以上に積極的に自由を取りに行かないと大半はハズレの残念なリーダーに当たって、メンタルを破壊されます。

優秀なリーダーという人は、おそらく自分のカテゴリで考えている数倍は積極的に自由を取りに行かないと、合うことはないのではないかと思うほど筆者はハズレのエセリーダーにかち合ってしまいます。

それゆえに人と話すことは猜疑心のほうが勝って、孤独がとんでもなく好きな性格となっています。

日本の環境とリーダーを考えると、好きなことを極めて優秀な人に合うのは本当に大変だと豆腐メンタルの筆者はよく感じています。

ご参考になれば幸いです。

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