地方はノマドワーカーを積極的に取り込んだほうがいいかも

都市経済学

観光メインの地方自治体はノマドワーカーの取り込みでリスクヘッジを


GoToトラベルのニュースを聞いて、休止になったところ去年のGDPが前年比で10%以上のマイナスになったことが頭をよぎりました。

特に観光メインで運営している自治体とかが、財務的に心配になってしまいます。

地方は都会のように、コロナ怖いから宿泊施設や飲食店を締め出したりすると、死活問題になると思うのでやらないとは思いますが、外部からの旅行者に「よそ者くるな!」という対応を地元の人がやっていると、評判は地に下がりその観光地には行きたくなくなるはずです。

そうするとますます財務が苦しくなるという、負のスパイラルに陥ってしまいます。

このような状況を抜け出すには、景気に左右されない産業を育成する必要があります。

そのためには、優秀な人を呼んで地元で起業して法人税を稼いでもらうのが良いと考えます。

そこで有効なのがノマドワーカーではないかと考えます。

今回のコロナ騒動でわかった産業を育てるリスクヘッジ


観光などの地元密着型だけで産業を成り立たせることは、大きなリスクになることが今回のコロナで判明しました。

ある程度国内や海外に、商売をするような産業を呼び込まないと巨大なリセッション(不景気)が来たときに大きく借金やゾンビ企業が増えるだけだということがわかりました。

この新しい産業を呼び込むには時間がかかります。

そもそも革新的な考え方をしている自治体なら、上記のようなことにはならないはずです。

前回に紹介した、「ビジネスに生かすギャンブルの鉄則」の中に負けを認められない人が自治を主導していると、自治体自体は破滅してしまいます。

このような人たちは、リスクヘッジをするという選択肢が見えていないからです。

筆者が考える課題

高齢化社会の中で、若い人が住みやすい環境を作れるか?


以前高齢化社会を迎えるにあたって、我々中年以降の世代は若い人が作ったものに合わせて勉強を継続させなくては、格差が広がっていくことを述べました。

加齢と成長の妥協点を図るにはどうしたらいいか?
40代半ばを過ぎると、技術の発達についていけなくなる人が増えていきます。デジタルデバイドの問題ですがこれを筆者の生い立ちを基に発達心理学という位置づけでライフプランを考えていきます。若い時の教育がまったく役に立たない時代に中年以降の人たちはどのように生きていくべきか、それには好奇心を燃やす動機づけを行う必要があると考えます。

しかし大半の中年以降世代が、上記の「ビジネスに生かすギャンブルの鉄則」にある負けを認められない教育を受けているので、急速な時代の流れに現状維持という壊れつつある橋にしがみつくことしかできません。

このような人が圧倒的多数でかつ、選挙において数の暴力を振るうような自治体に若い人が住みやすい環境が作れるのでしょうか?

国の施策を見ると、絶望的になってしまいます。

タコツボ的な社会で異能者を村八分にしない作りを自治体ができるか?


これも上記エントリで書いた内容ですが、狭い世界でしか通用しないものに囲まれて育ってきた人たちの社会はタコツボ的といえます。

その中で異能者を村八分にしない町づくりを自治体ができるのか?

この点に関しても、難しいのではないかと筆者は考えます。

それはコロナ下での都会から来た人への、地方の方の対応のニュースを見ると上記の現象が起こっているのがわかるからです。

今の日本は戦国時代さながらの、都道府県で関所を設けている時代と何ら変わらないような気がします。

交通面のインフラは整っているか?


これは筆者の意見ですが、日本経済新聞やFPの金融記事を読むと、都会は自動車が不要で必要な時はシェアすればいいという考えをゴリ押ししています。

事実筆者も運転免許は返上しました。

それは都会は交通インフラが整っているからです。

これに対して地方は自動車が前提の社会が多いです。

これに対して自動車が不要なインフラが整っているか、運転免許がなくても生活はできるかなどが重要となっていくのではないでしょうか。

できなければアメリカ型にシフトするかも


参考文献は忘れましたが、アメリカ人は日本のような状況になった場合、コンパクトシティを目指して過疎が進んでいるところに拘る人は見捨てるように自治体が動くそうです。

日本の場合は損切という作業が苦手のため、アメリカ人のような強硬手段を取ることができずに財政がデフォルトになるまでこういった行動を起こさない可能性が高いです。

そしてデフォルトになったら、180度方向転換して多くの人の犠牲を強いてアメリカ型のやり方を取るという未来が見えています。

恐らく上記の現象の予備軍がいくつかあると考えられます。

最後は長の能力次第


結局のところ最後の砦は自治体の長の能力次第ということになりますが、面白いことに日本の長は声の大きい人にビビって誰も抵抗できないという人材がなるのが関の山となっています。

これには筆者を含めた教育の毒に侵されていない人が長になるのが一番ですが、そういう人はビジネスの長になる方向にあるようです。

年長者の意見を跳ね除けられない人でないと、日本の地方自治は殲滅する可能性が高いです。

まとめ


マークシート式教育で洗脳された中年以降の世代に対して、進化した教育を受けている人を大勢呼ぶには、人数で勝る中年以降世代の暴論を回避して若い人に寄り添う政策を取らない長がいるところは、遅かれ早かれ崩壊する可能性が高いです。

それが高齢化社会による民主主義の結果として、歴史に名を残すのであればそれもいいかもしれません。

しかし崩壊しない事例を見るのも、社会心理学を研究している身としては特殊なケースとして、むしろ例外として面白いので今後の日本の行く末を客観的に色々な角度から見ていきたいと思います。

ご参考になれば幸いです

コメント

タイトルとURLをコピーしました