歳をとっても自分から情報収集することを止めないことが大切

自己啓発心理学

どんなに歳をとっても、自分から新しいものを積極的に使おう


筆者はもうすぐアラフィフになりますが、新しいことへの関心は無くなることは今のところありません。

知りたいことがあれば、以下のことをよくやります。

・本の購入(最近はKindleUnlimitedの活用)
・ネットサービスのテスト
・自分プロジェクトの策定(飲食店巡りのツアーなど)
・群集心理の逆張り行動

当記事も昨日の自分に当てて書いています。

今年功序列や世間体を気にしないで、勤めてはいますが時間管理を徹底することで、自分のやりたいことを確保する時間は十分に取れています。

「歳取ったら、ほそぼそと年金で狭い行動範囲で暮らす」とか考えられないです。

そんなことをしていると認知症まっしぐらになるので、やりたくありません。

政治や市況が停滞を許さない社会


そもそも今の政治でも分かるとおり、電話は固定電話から携帯電話にいつの間にか主力が変わっていて、老人がいくらダダをこねてもこの流れは変わりません。

また現金主義から電子マネーへの変化も、不可逆な流れとなりつつあります。

このようにいくら高齢化社会に突入しても、政治や市場の流れを止めることは不可能なのです。

ほっておいても若い人を中心として、新しいサービスをどんどん作っていくので、置いていかれないように歳をとっても興味のあるものは積極的に使っていき、レポートを続けていきます。

逆にそれをしないと、例え年金をたくさんもらったとしても社会生活に支障を来し、多くの人にお荷物と認識されてしまいます。

それは自分としても不本意なので、好奇心はなくさないで生活を続けていきます。

わがままで傲慢な老人になりたいですか?


当ブログで何度か述べたとおり、筆者は世間体を気にする教育(呪い)を受けてきました。

この教育の恐ろしいところは、歳を取れば取るほど叱る人が少なくなることです。

若い人はこのことを躊躇しがちになるからです。

これを放っておくと傲慢になり、わがままな老人になります。

上記の現象は新聞や、ニュースの年寄りの世論にあらわれています。

世論というのは所得層が、中央値以下の大勢の人の声が中心となっているのです。

これは歴史で明らかにされています。

「もうすぐ死ぬから」という思考は認知症への入り口


歳を取って身体が自由に効かないようになると、「もうすぐ死ぬから」という思考になりがちです。

だいたいそのような人に限って長生きして、認知症になったりするものです。

2,3年前に父の介護施設に行ったときに、介護職員に偉そうな態度を取っている老人がいました。

認知症になってああなると、平等サービスをやられている方はたまったものではないだろうなという印象を受けました。

今中年だが新しい技術を勉強するのは楽しい


色々なサービスが出ていますが、歳をとっても新しいところに行き、技術を学ぶのは結構楽しいです。

今も思考の外にあった銀行がどこがお得か、サブスクリプションや不用品販売などの自分の知らないサービス、副業系で自分にあったものなど、20年前と比べるとかなり人生の選択肢が増えてきたという印象を受けます。

今までであれば、村八分にされるとメンタルを病んでいた社会に比べて、今のほうがハブカれても十分に生きていける材料はたくさんあります。

これは筆者が携帯電話ではなく、パソコンをメインに使っているということも関係しています。

指が太いので携帯は操作しにくく、使用頻度は落ちています。

そのため新しい技術はまずパソコンから得て、次に携帯という流れも良い循環を生んでいます。

携帯の情報よりパソコンの方が読みやすいので、新しい情報を得やすいメリットがあります。

まとめ


今の世の中は歳をとって、隠居生活というものを許さない社会となっています。

これは逆に考えると、好奇心を持ち続ければ歳をとっても楽しい生活が維持できることを意味します。

年功序列で傲慢になって、認知症になるということは先人の事例を見てきたので、ああいった老人にはなりたくないとよく考えます。

また自分の親を見て、「もうすぐ死ぬからなんとしても逃げ切りたい」という考えで老後を過ごしたくもありません。

もう数年すればアラフィフになりますが、今は当ブログと電子書籍、Twitterの3本立てで、かつ本業の仕事もしています。

きついことは間違いないですが、淡々とこなしてそこそこ楽しいので、この流れを続けて行きたいと考えています。

新しい技術はどんどん出てくると試したくなるので、全部は無理でも自分の性格にあったものをどんどん活用していきたいです。

ご参考になれば幸いです。

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