日本は底辺(ルサンチマン)をどうにかしようという意見が少ない

群衆としての日本人

強きを助け弱きをくじく日本社会


日本は士農工商の身分制度が江戸時代に長年染み付いていたこともあり、身分というものに異常に執着している気がします。

最近はソーシャルネットワークでエリート層の発言も逐次終える便利さもあり、そのような知識層の目指す社会というのが見えてきつつあります。

エリート層にとってルサンチマンは唾棄すべき存在であると考える人が、圧倒的多数という気がします。

世界の歴史から学ぶ経済政策


「経済政策で人は死ぬか?」という本を読むと、以下の経済政策は不況時でもやるべきではないと作者は述べています。

・失業対策費(特に失業給付ではなく、早期就職に向けたマッチングにお金を使うこと)
・健康保険、年金
・不動産の差し押さえ猶予

作者自体が公衆衛生学の学者なので、このような対策を重点的に書いている傾向があるのは否めませんが、北欧社会とギリシャやロシアなどの例を比較して取り上げています。

上記3つは日本国憲法でいうところの「最低限度の生活」がこれらの国費で担保されていない国家は、犯罪や依存症、自殺の数字が高まるようです。

医者にかかれず、職にもつけないので、家賃やローンが払えない、だから生活のための犯罪や依存症、自殺の数字が高まるのだと述べています。

では群衆心理としての日本人を見た上で、歴史上どうやって経済復興を遂げ、今後どうなるのか考察していきます。

仮説日本の歴史


明治時代や戦後の日本復興などを考えるとき、とにかくどちらも経済成長は急だったということが挙げられます。

しかし「経済政策で人は死ぬか?」ではロシアの例を取り上げており、急激な経済成長を目指すと多くの人はそれについていけず、自殺や依存症に陥ってしまうといった問題があるようです。

おそらく日本でもそのようなことが起きていて、並の人は自殺や依存症になって経済成長についていけなかったと推測されます。

そしてエリートがブラック企業真っ青の努力をしたおかげで、多くの犠牲を払いつつ経済復興を遂げたというのが真実なのではないでしょうか。

トヨタの大野耐一氏が「カイゼン」をするときに、工場で誰が非効率に働いているか調べたことがあったように、無能な人をあぶり出していたことがありました。

しかし大抵の大野耐一氏の本はそこで終わっていて、あぶり出された人の今後はどうなったのか結論を述べていません。

多分解雇され、失意のうちに自殺した可能性が高いと考えられます。

何故ならば、昔は今以上に企業独自の技術が各会社にあり、仕事のポータビリティがないため他の会社に容易に転職できなかったと思われます。

筆者が転職をしようとした2003年頃も、ITという業種であっても企業独自のソフトウェアをメインで使っていたこともあり、容易に転職できなかったです。

何かの本で戦後の日本人の自殺者の推移を見ましたが、敗戦から4,5年経った頃に自殺者は急増しています。

そしてこの流れは、現在も続いており失業者と自殺者の相関は少なくとも日本においては高いです。

大正末期から昭和の初期にかけて、日本人の労働は16時間程度と言われていました。

昭和50年代でも父は家に帰らないことが多かったので、このブラック環境は普通だったのでしょう。

まとめるとブラック企業で有名な某飲食店の社長のようなことが、日本では起きておりそれについていけなかった人は自殺をしたというのが高度経済成長の真実ではないでしょうか。

レールの上に乗ったもののみが人間


レールの上に乗ったもののもみが人間という差別は、現在も日本を覆っています。

特に筆者より上の40代以上はこの傾向が強く、政治家もこの考えに固執している人は少なからずいそうです。

それよりもダメな人に対して技能を身に着けさせる、それも座学ではなく実践を通して面白いと思われるような教育が日本には全然足りない気がします。

昔会計系の職業訓練を受けましたが、会計系の職業に転職できませんでした。

この時点で職業訓練はなんの役にも立たない事がわかります。

会計系の仕事は結構偏見があるようで、実務経験云々と簿記2級の資格あたりがないと転職できないことが多いらしいです。

このように仕事においても、レールが敷かれておりこれに外れた人は人間でない何かというレッテルを貼られることが多い気がします。

そのくらい40代以上の世代は、偏見がひどかった印象があります。

お金を稼ぐ人は誰でも主役という認識が欠けている


日本を含め「雑魚には何も与えるな」という群衆思想を持っている国家は経済危機が来たときに、大きなダメージを喰らうのはコロナ時の日本を見てよくわかりました。

飲食店や宿泊業に対するやり取りを見ていると、営業をしていた金額より、時短による協力で営業で稼いだ金額より少ない金でやりくりしろという自治体の対応を見ているとわかります。

そして低所得者はこのような業界で働いている人が多いので、貧困の母子家庭も当然生活に困ることになります。

このような家庭に対して焼け石に水の給付金を与えるなら、稼げる仕事の訓練と生活費の工面をしたほうが良いという気がします。

パッと見ると「仕事してるだろ」感を出していますが、実際は事態は改善しないので西側諸国と比べて影響は少ないはずなのに、同じくらい経済にダメージを受けるのはやり方がまずいのではと考えます。

政府のお金の使い方を見ていると、「雑魚は上昇志向なんか持っちゃいけないんだ」という使い方をしているように見えます。

職業に貴賤はないにもかかわらず、特定の職種を狙い撃ちする政策も差別を助長しています。

各所得階層が対立している間は問題は解決しない


日本において、団塊世代とそれ以外の世代や、我々40代以降とそれ以前など、お金や仕事に対する価値観が時代の急激な流れで分断されていて、マスコミもそれを嬉しそうに煽っている限りはこと日本においては不幸な国ランキングから脱出するのは難しいと言えます。

年功序列の考え方はヒエラルキーの上にいくと、上から下の方の考え方に歩み寄らない問題があります。

これを解消する政策を取らない限り、アメリカのような酷な社会は今後も続くでしょう。

ご参考になれば幸いです。

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